──誇りと使命感を持って国家と国民に奉仕し、人権を尊重して公正かつ親切に職務を執行し、規律を厳正に保持して相互の連帯を強め、人格を磨き能力を高めて自己の充実に努め、清廉にして堅実な生活態度を保持する。
凛として、私情より公平を選べるその人を、格好良いと思った。
「──あ、なあ至、」
立ち寄った資料室で掛けられた第一声に松田は思わずピタリと動作を止めた。わずかに驚いた様子で見つめる松田に、ゆらりと気まずそうに目を泳がせた蝶野は自嘲気味に笑う。
「悪い、なんの……」
松田はガチャリと資料室の扉の内鍵を掛けて真っ直ぐ、走り寄る勢いで蝶野に歩み寄った。迷いのない松田に後退る蝶野へ更に距離を詰め、資料棚で逃げ道を塞ぐようにして抱き留める。
「今だけは。俺以外、誰も知らねえから」
「ご、めん」
小さく息を呑んだ蝶野が、縋るように、甘えるように松田の肩口に顔を擦り寄せた。ぎゅうと制服の背側を掴まれる感触に、居合わせたのが自分で良かったと松田の腕に力が篭る。
「アンタが忘れてほしけりゃちゃんと忘れるんで、先輩も、今から俺が言うことは、忘れてください」
ゆるゆると、蝶野の頭が左右に揺れるのを気付かなかったことにして松田は続ける。
「俺は、やっぱり蝶野さんが好きです」
びくりと肩を震わせて手を離した蝶野を強く抱き込み、あっさりと松田は解放した。眉根を寄せながら、わずかに首を傾げて口の片端を持ち上げる。蝶野の顔まで伸びた手が、触れる直前で止まった。
「俺はアンタが好きだけど、好かれたくて指示に従ってたワケじゃねぇし、蝶野さんの意思に反して手ェ出そうと思ったこともない」
今のはノーカン、ってわけには、いかねえか。口をへの字に曲げて頭を掻いた松田は半歩身を引こうとして、こてりと肩に預けられた頭に思い留まる。
「……大丈夫スよ。誰にも言わねーし、今、俺と先輩しかいないんで」
再び自身の制服を握った蝶野の背中に腕を回した松田は、蝶野の頭に頬を擦り寄せた。押し殺した嗚咽が鼓膜を振るわせる。
「……アンタはあんまりにも綺麗で、格好良くて、隙だらけのクセにガードが固えから、無理してんじゃねぇかって、ずっと心配だったんスよ」
あやすように、宥めるように、松田は蝶野の黒髪を撫でた。するりと指通りの良い頭髪を梳いて、堪えきれなくなったらしい嗚咽に背中を撫でる。
この人は、どこにでもいるただの人間だ。ひたすらに前を向いて進もうとする、善くあろうとするひとだ。不器用で甘え方を知らない、そんなひと。
松田は両腕の中に収まる想い人をしっかりと抱きしめる。
「説得力ねえよ、バカ」
グリグリと肩口に顔を押し付ける蝶野の体温を、声の震えを取り溢さないように受け止める。
説得力。どうしたらこの人に、勘違いなくこの想いが伝わるだろうか。どうしたら、同じ感情を抱いてもらえるだろうか。
「……先輩、好きです。俺は、アンタが無理しなくていい相手になりたい」
ゆるりと首が横に振られる。
「受け取れない、そんなの」
「なんで、」
答えは、ない。代わりに離れた体温を追いかけて、困ったような貼り付けた笑顔に松田は言葉を詰まらせた。
どうしたらこの人を、抱き締められるだろうか。
凛として、私情より公平を選べるその人を、格好良いと思った。
「──あ、なあ至、」
立ち寄った資料室で掛けられた第一声に松田は思わずピタリと動作を止めた。わずかに驚いた様子で見つめる松田に、ゆらりと気まずそうに目を泳がせた蝶野は自嘲気味に笑う。
「悪い、なんの……」
松田はガチャリと資料室の扉の内鍵を掛けて真っ直ぐ、走り寄る勢いで蝶野に歩み寄った。迷いのない松田に後退る蝶野へ更に距離を詰め、資料棚で逃げ道を塞ぐようにして抱き留める。
「今だけは。俺以外、誰も知らねえから」
「ご、めん」
小さく息を呑んだ蝶野が、縋るように、甘えるように松田の肩口に顔を擦り寄せた。ぎゅうと制服の背側を掴まれる感触に、居合わせたのが自分で良かったと松田の腕に力が篭る。
「アンタが忘れてほしけりゃちゃんと忘れるんで、先輩も、今から俺が言うことは、忘れてください」
ゆるゆると、蝶野の頭が左右に揺れるのを気付かなかったことにして松田は続ける。
「俺は、やっぱり蝶野さんが好きです」
びくりと肩を震わせて手を離した蝶野を強く抱き込み、あっさりと松田は解放した。眉根を寄せながら、わずかに首を傾げて口の片端を持ち上げる。蝶野の顔まで伸びた手が、触れる直前で止まった。
「俺はアンタが好きだけど、好かれたくて指示に従ってたワケじゃねぇし、蝶野さんの意思に反して手ェ出そうと思ったこともない」
今のはノーカン、ってわけには、いかねえか。口をへの字に曲げて頭を掻いた松田は半歩身を引こうとして、こてりと肩に預けられた頭に思い留まる。
「……大丈夫スよ。誰にも言わねーし、今、俺と先輩しかいないんで」
再び自身の制服を握った蝶野の背中に腕を回した松田は、蝶野の頭に頬を擦り寄せた。押し殺した嗚咽が鼓膜を振るわせる。
「……アンタはあんまりにも綺麗で、格好良くて、隙だらけのクセにガードが固えから、無理してんじゃねぇかって、ずっと心配だったんスよ」
あやすように、宥めるように、松田は蝶野の黒髪を撫でた。するりと指通りの良い頭髪を梳いて、堪えきれなくなったらしい嗚咽に背中を撫でる。
この人は、どこにでもいるただの人間だ。ひたすらに前を向いて進もうとする、善くあろうとするひとだ。不器用で甘え方を知らない、そんなひと。
松田は両腕の中に収まる想い人をしっかりと抱きしめる。
「説得力ねえよ、バカ」
グリグリと肩口に顔を押し付ける蝶野の体温を、声の震えを取り溢さないように受け止める。
説得力。どうしたらこの人に、勘違いなくこの想いが伝わるだろうか。どうしたら、同じ感情を抱いてもらえるだろうか。
「……先輩、好きです。俺は、アンタが無理しなくていい相手になりたい」
ゆるりと首が横に振られる。
「受け取れない、そんなの」
「なんで、」
答えは、ない。代わりに離れた体温を追いかけて、困ったような貼り付けた笑顔に松田は言葉を詰まらせた。
どうしたらこの人を、抱き締められるだろうか。