1キャラにつき1夢主
松田・萩原夢は同一世界軸の生存ifです

他活動場所
pass:DCdreAm

 松田にとって想定外であったのは蝶野の部署異動だけでなく、警察学校時代に直接スカウトを受けた萩原までもが爆発物処理班から離れるという決定だった。

 正しく寝耳に水な決定に萩原を問い質せば、平然と「風羽先輩の敵、取りたいだろ」と片眉を下げて言われ、その意思が十一月の蝶野が目覚めた日からのものであると理解した。それに「聞いていない」や「相談の一つくらいしてくれてもよかっただろ」という台詞を並べようとして、いくら幼馴染といえど報告義務はどこにもなく、松田は用意していた言葉の数々を飲み込んだ。その結果、モヤモヤとした言い表せない感情が不完全燃焼のまま燻り続けてしまっている。

 松田は大きく溜息を吐いて煙草の先から立ち上る煙をぼんやりと眺める。機動隊の喫煙仲間は数いるが、その中でもよく話す二人が二ヶ月もしない間にいなくなってしまう状況はやはり面白くない。せめて警視庁と警察庁の人事異動に選出された蝶野は栄転だと送り出すべきだろうと言い聞かせてみたものの、どうにもやりきれない思いを抱えたままの松田は納得いかなかった。

「まだ拗ねてんの?」
「拗ねてねーよ。ガキ扱いすんな」

 ひょこりと顔を出した蝶野は困ったように眉尻を下げて苦笑すると煙草を取り出した。ガサゴソといくつかのポケットを確認して小首を傾げる蝶野に松田がライターを差し出す。

「悪い、助かる」
「珍しいスね」

 火を点ける蝶野を横目で確認しながら呟けばバチリと視線がぶつかった。それとなく松田が目を逸らす。ふわりと紫煙が漂った。

「最近よく物がなくなるんだよ」

 ライターを返しながら苦笑いで言う蝶野を横目で眺めた松田は受け取ったライターを指先で弄んだ。機動隊内で紙マッチやライターの落とし物があった記憶はない。

「……他には?」

 ものは試しと訊ねた松田は怪訝そうな表情を向ける蝶野の顔をまじまじと見つめて視線を逸らす。

「紛失物」
「……ボールペンとか煙草とか、どうとでもなる量産型のやつ」

 少しの間を置いてあっさりと告げられた答えに松田は閉口した。あくまでも松田の知り得る範囲ではあるが、蝶野が置き忘れや何かを紛失したという話は聞き及んだことがない。その上で明らかに手軽で持ち逃げしやすく、周囲を巻き込んでまで捜すほどの物でもないという辺りに故意の可能性が伺える。つまり、蝶野の温情で見逃されているだけで立派な犯罪と言ってもいい。眉間に皺を寄せた松田の反応に、蝶野は眉尻を下げて目を逸らした。

「心当たり、あんだろ。センパイ?」
「……至みたいな反応すんなよ」

 目を閉じて穏やかに笑った蝶野に松田が息を呑む。思わず誤魔化されそうになる綺麗な笑顔から目を逸らした松田は口をへの字に曲げた。

「心配なんだよ。アンタ隙が多いから」
「分かんねえんだよな、それ。か弱い女子供じゃあるまいし」

 ケロリと答える蝶野に話を逸らされていることを自覚しつつ「最近のアンタは土下座して頼んだら抱かせてくれそう、らしいスよ」松田はそれとなく釘を刺しておく。物言いたげな目でじとりと松田を見た蝶野は口を開きかけて留まった。

「とにかく、ちったぁ気を付けて下さい。アンタになにかあったら嫌なんで」

 そこまで口にして、これではまるで自分がその手の好意を抱いているという誤解すら生まれかねないことに思い至った松田が言葉を重ねようとして「大丈夫だ、昔からある」蝶野は呆れたようにサラリと言った。思わず松田が言葉を失う。

「行動に移すやつもいないしな」

 それは今まで風羽先輩がいたからだろ。現に私物盗まれてんじゃねーか。口をついて出そうになった台詞を飲み込む。それは咄嗟に、懐かしむような、寂しげな顔で微笑む蝶野の顔が過ったからだった。

 ――松田が自分自身が抱える蝶野への感情を明確に自覚したのは、酔い潰れた日から数週間が経過したこの日、この時である。

 それを直接蝶野に伝えるわけでもなく、腹に渦巻く思いの丈を燻らせ続け、いざ蝶野の出向間近となったある日の資料室、松田は思わず口を滑らせ──否、わずかばかりの醜い下心が、蝶野本人からの認知を求めてまろび出てしまった。

 穏やかに、警戒されることなく。必死で積み上げた信頼関係までもを、自ら崩落させてしまった感覚を悔やみながら。それでも松田は、なんでもないような顔で蝶野を送り出した。
 もう二度と顔も見たくないと思われていたら後悔しか残らないが、曖昧に笑った蝶野の真意は推し量れない。

 松田はぼんやりと左手で使い切りライターを弄びながら、もう片方の手で携帯の文字盤を撫でた。連絡を取ろうと思えば萩原も蝶野もなにかしらの反応を返してくれるのだろうが、一人取り残されてしまったような錯覚は拭えない。
 松田は改めて大きなため息をついた。




「でもさ、陣平ちゃん、まだ姉ちゃんのこと好きなんだろ?」

 この間会ったときだって告白してフラれてたじゃん。あっけらかんと玉砕されたことまで口にした萩原に衝撃の声を上げたのは伊達だった。曰く、そのツラに迫られて素気なく断れる人間が存在するのか、ということらしい。警察学校卒業まで無事に女除けを果たしたのもその意外性があってのことなのだろう、と松田は伊達の反応を気に留めなかった。

「あれはもう挨拶みてーなもんだろ。千速も本気にしてねーし」
「挨拶って。まあ……言いたいことは分かるけど」

 伊達は思わず言葉を失った。さも当然かのように繰り広げられる会話に入る余地がない。そもそも日本男児にとっての告白とは、そんなものだっただろうか。イタリア男でもあるまいし。少なくとも伊達には馴染みのない価値観である。

「つーか、それいつの話だよ。直近じゃした覚えねーぞ」
「えぇ? そのとき俺もいた?」
「……そういやいなかったかもな」
「ていうか! なに、陣平ちゃん、他に好きな人できたの!? 誰! 俺の知ってる人?」

 ビールジョッキを呷った松田は口をへの字に曲げて黙り込んだ。

「陣平ちゃん分っかりやす~い。んな美人の知り合いいたかな」

 わざとらしく溜息を吐いた松田は半目で萩原を睨みながらビールを追加注文する。

「知ってるつーか、お前もう分かってんだろ」
「えぇ……うーんと、姉ちゃんの友達とか?」
「千速の交友関係にまで興味ねーよ」
「それ、拗ねて携帯バラしてビンタ喰らった陣平ちゃんが言っても説得力ないぜ」

 ムッと不機嫌を顕わにした松田の手元から空のジョッキと新しいジョッキが入れ替えられる。カラカラと萩原が笑った。

「お前、相手分かっててやってんだろ」
「いやだって、まさか先輩じゃないでしょ?」

 ピタリと、松田の動きが止まる。冗談のつもりで核心を突いてしまったことを悟った萩原もビールジョッキ片手に動きを止めた。

「………………マジ?」

 フイと顔ごと逸らされた視線に萩原はジョッキをテーブルに戻した。話の半分ほども理解できない伊達が萩原を見遣る。その間にも松田の口角はみるみると下がっていく。萩原の口元が引き攣った。

「いやぁ、松田が先輩のこと好きなのは知ってたけど、そういう意味かぁ……いや、そうか……そう、だよな」
「じゃあ俺が呼ばれたのは恋愛相談、ってこと……か?」

 見るからに不満そうな雰囲気を漂わせた松田が小さく頷いた直後、勢い良く飲み干されたジョッキがダンッと音を立ててテーブルに叩き付けられる。完全に不貞腐れてしまった様子の幼馴染に萩原が苦笑いを零す。

「ああ、もうやめだやめ! 全部忘れろ!」
「ごめん、ごめんて。ずっと姉ちゃんのこと好きだったから動揺しちゃって」

 でもらしくないんじゃない? 陣平ちゃん、前まで玉砕覚悟の粘り勝ち狙い~て感じだったのに。そっぽを向いた松田に慌てて言葉を繋いだ萩原は助けを求めて伊達を見た。そして後悔した。

「そういや蝶野さん、何か悩んでるっぽかったな」
「ハ?」

 聞き返したのか、意図なく零れ落ちたのか、後者にしてはドスの効いた松田の声とサングラス越しでも分かる鋭い視線が伊達を突き刺す。半拍遅れて失言に気付いた伊達が片手で口を覆った。

「それ、いつの話だ」
「え……あぁ、確か二週間くらい前、だったかな」

 ガクリと、松田がテーブルに突っ伏した。大きな溜息とも呻きとも取れる声に伊達と萩原は顔を見合わせた。

「……最っ悪だ、しばらく立ち直れる気がしねえ……」
「じ、陣平ちゃん、」
「俺じゃ代わりにもなれねーのも、困らせんのも、分かっちゃいた、けど」

 ゆるゆると上体を起こした松田は自分の手の平を見つめた。そうして切っ掛けがどこであったのかをぼんやりと思い返す。
 単純な好奇心があった。多く困惑が表に出ているときに下がる眉尻が、風羽の前でおかしそうに笑っているときにも見れるものだと気付き。けれどニコリと綺麗に笑うその表情に文句があるわけではなかった。ただ少し、無理をしていると感じることもあっただけで。

「俺、は、」

 手を離したら、どこかへ消えてしまいそうな気がした。
 目を離したら、生死の一線も飛び越えていそうな人だと思っていた。

「……あんな顔、させるつもりじゃ、なかった」